2005年06月30日

Easy Living

夜中の0時は、まだ宵の口だった。それから錦林車庫のそばのサパークラブで、朝まで演奏した。起きるのは決まって昼過ぎ。あんな毎日があったなんて。なんて気ままな暮らしだったんだろう。
posted by もぐり酒場のテナー吹き at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Lullaby Of Birdland

京都の夏はたまらなく暑い。四畳半の下宿の部屋にはクーラーなどあるはずがなく、扇風機の首を振る音が子守唄だった。
posted by もぐり酒場のテナー吹き at 00:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月28日

I Can't Give You Anything But Love

大学生だった私は、よく荒神口交差点の角にあったジャズ喫茶、「シャンクレール」に通ったものだった。いまは取り壊されて跡形もなくなった「シャンクレール」だが、もう一度、あのいつもの席に座って、「捧ぐるは愛のみ」を聴いている自分を夢見ている。
posted by もぐり酒場のテナー吹き at 22:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月26日

Candy

夏になると、鴨川沿いの料理屋には納涼床がしつらえられ、京都ならではの夏の風物詩をかもしだす。たそがれが迫る頃、四条から三条にかけての川原には、きっちり2メートルほどの間隔をあけて、等間隔でカップルが座る。1971年の夏、私もその中にいた。キャンディのように甘く、ほろ苦い想いで。
posted by もぐり酒場のテナー吹き at 16:00| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月19日

It's Only A Paper Moon

楽器を片手に大学からの帰り道、鴨川に掛かる橋の中ほどで見上げると、ビックリするほど大きな月が、東山の山の端にかかっていた。今はもうない市電が、窓から光を溢れさせて私の横を走り去っていった。
posted by もぐり酒場のテナー吹き at 23:10| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月18日

My Foolish Heart

1972年、大学を卒業した年。まだ世間が何ものか分からなくて、未来は光輝いていた。30年後の自分がどうなっているか全く考えもしなかった。愚かなる私。今日、かって学生時代にバンドをしていた京都の界隈を歩いて、30年間、ほんとうは何にも変わっていなかったんだと分かった。
posted by もぐり酒場のテナー吹き at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Unforgettable

あれは1971年だっただろうか。京都三条河原町の交差点のガードレールに腰かけて、車の流れをぼんやりと見ていた、大学生だった彼の姿が忘れられない。彼はその後、東京に出て超一流のミュージシャンになった。
posted by もぐり酒場のテナー吹き at 16:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
演奏:Speak Easy Quintet(もぐり酒場バンド)
30数年前、京都のナイトクラブで活躍(?)した学生バンドが、長い長いブランクを経て、再び「アマチュアおじさんバンド」として再結成。そこはかとなく哀愁が漂う中年の悲哀を、しっかりと味わってほしい。
mypop
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